【愛知県】 桶狭間古戦場とお化け地蔵 【心霊スポット?】

桶狭間古戦場とお化け地蔵
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心霊スポット??とは言っても怖くない場所もある。。
桶狭間古戦場伝説地はその筆頭だったと思う。

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こんばんは、豊橋市から飛び出してばっかりの心霊散歩ブログです。


突然ですが心霊スポットってなんでしょう。

もちろん、お化けが出る場所なのですが。

「人から聞いた話なんだけど・・・どこそこに肝試しに行ってさ、見たって聞いたよ。首の長い真っ白い女」

こんな風に昔は、心霊スポットであるかどうかは人から聞いた話で成り立っていたのです。
(旧伊勢神トンネルや旧本坂トンネルなどが良い例ですね)

幽霊が見えない私たちにとっては心霊スポットとは怪談の一部であり、また、噂の源泉のようなものなので、人の間で話をされる機会がなくなっていけばそれは心霊スポットではなくなってしまうこともあるのです。
(湖西市の御経塚など)

しかし現代では、ネットで心霊スポットの噂や地図や写真や映像などだいたい一通り調べることができるわけで、人と人との間で噂をされる機会は減りつつも心霊スポットとしての体裁を保ってしまっているような場所もあるのかもしれません。

そんな印象を受けた場所のご紹介です。






桶狭間古戦場


桶狭間についてはあまりにも有名な戦いなので説明は要らないと思う方も多いと思いますが、私のように歴史とかそういう暗記教科は苦手だったんですよーという方もいると思いますので簡単に説明すると、、

織田信長 対 今川義元
場所:尾張の桶狭間(愛知)
年代:1560年(戦国時代)
結果:織田軍の勝利(今川義元の討死)
(wikipediaさんありがとう!)

本当は戦いまでの経緯と、戦いの後の影響が重要だと思うのですが私には説明能力がないため割愛。

とにかく詳しく知りたい方は検索してみれば良いのです。

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おっと、あれ、心霊スポットって候補に出るじゃないか。

そうです。

合戦があったということは討ち死にした人たちがたくさんいるはず。

討ち死にした武者の霊が出る・・・。

ここは遊び半分で来てはいけない…。

こういう印象を持ってしまうでしょう。


実際そういう話は確かに聞きますが、、桶狭間は少なくて長久手古戦場はよく聞くような気がするのです。

桶狭間古戦場?よくわからないので行ってみることにしました。

すると、桶狭間古戦場公園と桶狭間古戦場伝説地という場所が見つかると思います・・・
どっちに行ったらいいのさ?
オカルトジャンキーな方たちは誰もが悩み、武将マニアが好みそうな公園をやめて、伝説地に足を運ぶのかもしれません。



私はそんな感じでした。



桶狭間古戦場伝説地



写真で見ると、
夜に撮っているので少し不気味かもしれませんが、
住宅街の真ん中にあるかんじです。
車も人通りも割と多い場所にあります。

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上り旗が敷地の周りを取り囲んでいます。お祭りでも近いうちにあるのかもしれません(訪問日6/3、戦いがあったのは6/12)
史跡なので公園などとは異なりどこか人を寄せ付けない雰囲気はありますが、、他の古戦場跡に比べると照明も明るいですし、道も綺麗ですし、心霊スポットとかそういう雰囲気はありませんね。


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場所を間違えているんじゃないか・・・
もしかしたら公園の方が怖いんじゃないのか・・・
戦いが激しかったのはもっと別の場所なんじゃないのか・・・
そんなことを考えながら探索しました。


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歌の刻んである石碑。


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オーブ!(小さい声で)
でもこの画像はなんか、アルバム内でよく目に留まる気がしますね。

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桶狭間古戦場伝説地はそれほど広くなく、
軽く見て回る分には少し物足りないくらいです。

もともと合戦後の史跡ってのは周辺に散らばって点在しているものなので、
本気で回りたいなら根気と時間が要るんですよね。


まぁ桶狭間古戦場伝説地を探索中に気になったのは、
道路を挟んだ反対側の竹藪の前に並ぶお地蔵様たちと、
住宅街の何処からか聞こえてくる歌声でしたね。

歌声の方は、窓をあけて合唱の練習をしていました。
建物の近くまで行って確かめたので心霊じゃないです(深夜2時頃)


肝心の心霊スポットとしての評価ですが、桶狭間古戦場での幽霊は、ちょっと出るような感じじゃなかったですね。
あくまで私なりの感想ですが、この程度ならば普通の墓地の方がよっぽど出ると思います。



他にも探索する予定だったので、そのまま桶狭間古戦場をあとにしました。






あのお地蔵様たちが気になってたんですが、
最近もう一度行く気になったので、再訪してきました。







お化け地蔵

桶狭間古戦場伝説地の道路を挟んで向かいに、お地蔵様たちが並んでいます。
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こちらは大きな寺院(心霊スポットではないので名前はふせておきます)なのですが、
夜中は施錠されてしまっていて入れません。

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実は、このお寺さんにお化け地蔵というお地蔵様がいるのです。

なんでも、、そのお地蔵様が建つ前は、この一帯は幽霊の目撃談が非常に多く、桶狭間の戦いでなくなった亡霊なのでは?とも噂されていた。しかし1853年、尾張藩士の手によってお地蔵様が建立されると、幽霊の目撃談は激減した。
いつしか幽霊を鎮めたお地蔵様、亡霊を封印したお地蔵として、お化け地蔵、幽霊地蔵と呼ばれるようになった。。。とのこと。



そのお地蔵様は、道路沿いの藪に建っているので
お寺の門を潜り抜ける必要はなく、見ることができます。

こちらがそれ。。

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(フラッシュを焚くと怖くなくなる?)


けっこう厳かな雰囲気をもったお地蔵様でしょう・・・
これを動かそうとして怪現象に見舞われるお話が全国怪談オトリヨセという文庫本に載っていますので興味ある方は是非。




お地蔵様の目線の先には桶狭間古戦場伝説地があります。

また、お地蔵様の建っている付近で道から歩道がなくなっているので、なかなか興味深いですね、もしかしたら開発できなかったんじゃないでしょうか。

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(カメラのバッテリー切れで夜撮った画像が保存できていませんした。)


災害とかでこのお地蔵様が倒れて壊れるようなことがあったら、再びお化けが出るようになったりするのかもしれませんね。
お地蔵様が建ったのは廃仏毀釈前ですが綺麗なものです。お寺さんが建ったのがもしかしたら廃仏毀釈後なのかな。
調べてみると明治26年(1893年)に高野山より移転とあるので、やっぱり廃仏毀釈後ですね。
桶狭間の戦いがあり、お化け地蔵が建てられ、廃仏毀釈が起き、お寺ができてという順番でした。
それまでは特に寺院などもなく、お地蔵様が道の脇に建っているだけだったのであれば、廃仏毀釈の影響がなかったとしても不思議じゃないのかもしれませんねー。


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小さめのお地蔵様がいっぱい

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真ん中の円柱の石は、「徳本の名号」と立札にかいてあります。
記載内容・・・徳本行者(江戸浄土宗の高僧)がこの地を訪れて敵味方の戦死者の霊を弔うため建てたものである。円柱形の小塔であり、南無阿弥陀仏の6文字の名号が刻んである。



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こちらは今川義元の供養塔。
簡素・・・

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これは・・・桜ヶ池の記事を書いたときに紹介した皇円阿闍梨(こうえんあじゃり)、逆に読むこともあるので、阿闍梨皇円(あじゃりこうえん)。これに似ているので同じように比叡山の高僧の供養塔の気がしますが・・・
阿闍梨諦念墓と書いてあります。
これ以上はわかりませんでした。


怖さでいうと心霊スポットとは言えないような雰囲気の場所なのですが、
行くタイミングや時間帯によっても変わるかもしれません。
それでも見通しの良さや、明るさ、近くにタクシー会社もありますので、人も行き交い、雰囲気はとても健全としています。
歴史的な戦いやお地蔵様がなければ気にも止まらない場所です。
なので私としては、桶狭間古戦場伝説地は怖くない、怖がるべき場所でもないという風に感じました。


(そんなことない!お化け出るよ!!という方はコメントいただければ嬉しいです。。そうしましたら記事に予告なき加筆修正をしていきますw)



次回も曰く着きのお地蔵さまと紹介しようと思います。


お読みいただきありがとうございました。



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