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豊橋心霊散歩

愛知県豊橋市を中心にしたマイナーな心霊スポットの紹介

【昔話】十三本塚【供養】 

日本各地には十三塚と呼ばれる石碑群のようなものがあり、
十三塚と呼ばれるように、それは13の石碑や塚が密集しているとのこと。

その意味には諸説あるし、地域によっても由来は異なりますが、
処刑・戦死者・戦で死んだ武士などの供養のために作られるのが主な感じです。

埋蔵金の隠し場所・・・!なんて一説もあって、以前
テレビ番組で取り上げられていた気がしますね

今から話題に取り上げる、
豊橋の昔話「十三本塚」も、おそらく十三塚に類するものでしょう。

(文献によっては十三本塚ではなく十三塚となっているものもありました)



豊橋昔話 『十三本塚』
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時代は戦国時代
ここ、東三河は海道一の弓取りと謳われた今川義元によって治められていました。
しかし、1560年の桶狭間の戦いで今川義元は織田信長の軍勢に敗れてしまい、
これがきっかけで、今まで今川家に仕えていた武将たちは今川家を離れてしまいます。

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桶狭間の戦い

当時、武将は、主君との信頼関係の証(裏切り防止として)に、自分の妻子を人質として差し出す制度がありました。
武将たちの裏切りを知った今川家は激怒し、裏切った武将の人質13人を龍拈寺の門前に並べます。
ryunenjisanmon.jpg龍拈寺 山門

ryunenjihondou.jpg龍拈寺 本堂

kannonndou.jpg龍拈寺 観音堂

そして、大きな槍で13人をまとめて串刺しにし、処刑したそうです。
遺体は中野新田に葬られ、そこを十三本塚と呼ぶことに。
それからというもの、旅人が13人の幽霊を目撃するという事件が多発し、村人たちも震え上がり
手厚く供養することでなんとか亡霊の供養をしました。





一応この話にも諸説あり、
罪人が槍を13回刺されるまで死ななかったので十三本塚。という説が書いてある本もありました。
(豊橋の史跡と文化財 第三版  豊橋市教育委員会 平成10年3月)

十三本塚の本来の場所についても曖昧なところがあり、
現在一番有力なのが、豊橋市富本町です。
富本町の向坂家には十三本塚と呼ばれる塚があるとのこと・・・。
この塚は処刑された13人のうち浅羽三太夫を祀っていることから姫塚とも呼ばれます。
googlebooks1.jpg
google books 浅羽三太夫

富本町はトミモト(十三本)と文字っていることからも関係が深いのでしょう。
周辺には石碑や地蔵尊が点在しています。








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国道259号線 高師口交差点



13duka3.jpg
高師口交差点の西南角 石碑の供養塔
「奉納大乗妙典 右大崎・左田原道」




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小池町 福岡地蔵尊①



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福岡地蔵尊②



13duka6.jpg
福岡地蔵尊③ 処刑された方の名が記されてます。




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category: 昔話

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