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豊橋心霊散歩

愛知県豊橋市を中心にしたマイナーな心霊スポットの紹介

【遠州七不思議】 無間の鐘 【掛川】 

遠州七不思議 無間の鐘
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静岡県掛川市の粟ヶ岳に伝わる昔話。
粟ヶ岳はとても景色の良い場所でした。

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こんにちわ
今回は遠州七不思議の1つ、「無間の鐘」というお話の眠る粟ヶ岳に来ております。
古い資料とかを読むと、七不思議のある場所までは粟ヶ岳を歩いて登っていくと書かれているのですが、現在は山頂に駐車場もあるので快適に登ることができます。
ただやっぱり道は狭くて昼間は人も結構歩いていますので運転には注意が必要でした。

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地図上には無間の井戸とありますね。
ここが無間の鐘に関する場所となります。
無間の井戸は山頂にある阿波々神社の裏手にあるようです。


山頂にある展望台のすぐ横に阿波々神社に通じる道があります。

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ここを進んでいくとすぐに鳥居と燈籠が見えてきます。


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すると神社はもうすぐそこでした。

こちらが阿波々神社さん。
山頂にひっそりとある神社ですが社務所にもちゃんと人が詰めている神社です。

DSCN3394.jpg

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やっぱ神社はこういう落ち着いた雰囲気のものが好きです。

神社の周りにはいろいろ立札があり、周辺のパワースポットへの案内や神域への注意などが丁寧に説明なされています。


DSCN3330.jpg

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神社に神域っていうのは意外とあるのですが
ここまで明確に境界をわけているのは珍しい気がしますね
(上の画像は祓戸ですが、神域部分にも同じように縄がはってあります)

山頂にあるのに人がたくさん来ている雰囲気がします。
なんか興味が出たので、、
阿波々神社についてwikipediaから情報を引っ張ってきてみましょう。

736年の創建以来、延喜式内社に列せられ崇敬を集め、掛川城城主の保護を受けてきた。しかし、戦国時代に社殿が焼失してからは、明治年間にいたるまで神社の整備は停滞した。明治に入ると郷社に列せられ、1884年に本殿や拝殿が改築するなど復興が進んだ。太平洋戦争による停滞を挟み、1987年に本殿を山頂に遷座するなど、整備が進められている

社殿が山頂にできてからは日はまだ浅いというわけですね。
それでいてこれだけの神社になるってすごいと思います。

神社の脇道は2つあり、一つは巨石群に繋がる道、もう一つは他の神社および無限の井戸に繋がる道となっております。
まず目的を達成するため無間の井戸の道を進むことにします。



DSCN3332.jpg

こちらが境内にある三つの神社、合祀した神社ということかな。
八重垣神社
八王子神社
白羽神社

この吊り下げタイプの燈籠は可愛いと思いました。

この神社の隣りに無間の井戸の案内が出ていますよ~。
DSCN3331.jpg


この画像の奥に屋根が見えますよね
絵馬がかけられたこの小さな社が無間の井戸「跡」です。

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民話 無間の鐘(むげんのかね)

1300年ほど昔の話

粟ヶ岳のふもとに弘道仙人という山伏が住んでいた。

山伏は不動明王に鐘をつくって供えることにしました。

できあがった小さな釣鐘を粟ヶ岳の頂上付近にある観音寺の松の木に吊るし、願ったそうです。

「この鐘の音で、人々が平和に暮らせますように」


鐘の音は山頂から広く広く響き渡り人々の心を癒しました。

粟ヶ岳は別名、無間山とも呼ばれていたので、その金は無間の鐘と呼ばれるようになったそうです。

いつしかこんな噂が立ち始めました。

鐘を1度つけば災難をまぬがれる。
鐘を2度つけば病気が治る。
鐘を3度つけば家が栄える。
鐘を4度つけば出世する。
鐘を5度つけば子孫まで栄える。
鐘を6度つけば武運長久となる。
鐘を7度つけば末永く長者になれる。

この噂はあっという間にひろがり、各地から鐘をつくために多くの人が押し寄せたそうです。

しかしそこは細く険しい山道です。

足を滑らせ谷底に落ちる人。

虫や山蛭、蛇に遭い怪我を負う人。

中には、富や名声を願うあまり勢いよく鐘をついたせいで、岩場から足を滑らし死んでしまった人もいました。

観音寺の和尚様は悲しみました。

せっかく人々の幸せを願って作られた鐘が、人々を惑わしてしまっている。

罪深い人間が不幸を招いていることはわかっているが、これは弘道仙人の意に反している・・・。

もうこの鐘は無くしてしまった方がいい。

そうして釣鐘を取り外し、深い井戸の底に埋めてしまいました。

その井戸は鐘を埋めてからというものの、水が全く出なくなり、無間の井戸とよばれるようになりました。






弘道仙人とは同じ掛川市の常現寺さんにある本尊の由来にも記載がありますね。
インドからの僧侶らしいです。

つくたびに色々な御利益がある鐘は現存はしないと思われており、
民話の範疇では井戸のなかにあると言われています。

その井戸がこちら・・・

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民話でも小さな釣鐘と記載があったので、巨大な井戸だとは思っていませんでしたが、
井戸というよりも穴に見えますね。
鐘は資料だと直径30~40cmとのことでした。
まぁ・・・お話は1000年以上前のものなので、その時代にある山中の井戸っていうと、以外にシンプルな石組みの井戸なのかもしれません。

ちなみに井戸に深さはなく、

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井戸の底は見ることができます。
ごみ(捨てるんじゃない)と一緒に石が入ってますね。
絵馬があることからも願いが叶う様に釣鐘にお願いしにくる方がいるのかもしれませんね、

ちなみに昔は、この井戸に榊を逆さに投げ入れると鐘をつくのと同じように財宝が得られる。という噂もあったそうです。





はい、

先ほどの、お話が分かりにくかったかもしれないので補足すると

①仙人が鐘を作る。
②鐘を観音寺に設ける。
③(200年くらいかけて)鐘の噂が広がる。
④観音寺の和尚が鐘を井戸に埋める。

これが民話「無間の鐘」の骨格になりますね。

これに様々な説が絡んできています。

説A
無間の鐘をつけば現世にて無限の富が得られるだろう。ただし、来世は無間地獄(仏教用語)に堕ちるだろう。

説B
無間山は険しく、もしも足を踏み外せば無間地獄に落ちるかのようだ。しかし、足を踏み外して谷に落ちるときに山頂の鐘が鳴り響いて助けを呼んでくれる。そのため、無間の鐘と呼ばれるのだ。


説Aは欲に駆られてはいけない!という教訓に近いもので、本筋とだいたい同じですが、
説Bは遠州七不思議よりなお話。私はこっちのほうが好き。
まさに弘道仙人の願った通り、人を幸せにするための鐘の音ですね。










無間の井戸に関する探索はこのあたりまでです。


鐘は無いのか・・・こんな狭い井戸に鐘など入るものか・・・実際に訪れた人の中には落胆する方もいるかもしれないですね。

そもそもそんな鐘はなかったのではないか!

そう思われるかもしれません、






こんな話もあります。

『煙霞綺談』の中に無間の鐘についての記載があるそうです。





無間の鐘には銘が入っていたそう。
永和二年丙辰三月 浜松庄宇布見長宝寺
場所は浜松の舞阪のあたり、長宝寺というお寺のものということ。
かなり昔にあったということですが、現在は資料の中でさえ見つけるのは難しい。。
ただ、この銘に近い鐘が静岡県史料に記載されているため、もしかしたら鐘自体は実在したかもしれない。



ちょっとわくわくしてきますね。








ちょっと文章が長くなってきてしまい申し訳ないのですが
記事は後半につづきます。




皆様、阿波々神社があるのに、観音寺という言葉が出てきて混乱されませんでしたか?

観音寺は阿波々神社とは別です。


これも『煙霞綺談』にあるのですが、


観音寺は行基が残したといわれる観音菩薩像を安置したお寺で、
観音寺から100メートル進むと粟田神社がある。
この鐘を埋めた跡として500メートルほど進むと巨大な岩石が2~3ある。
鐘がなくなった今、この岩にしきみの枝を逆さに刺せば鐘をついたことと同じことになる。


なるほど!
ネットで調べてみると元々釣鐘を設置していたといわれる廃寺が残っているとのこと。


次回は粟田神社、観音寺と思われる建物の散策記事になります!



お読みいただきありがとうございます。


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category: 遠州七不思議

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